2023年07月31日 (16:21)
加藤孝造氏の追悼式に約900人が参列【人間国宝の陶芸家】
故・加藤孝造氏の追悼式が、
本日、7月31日(月曜日)に、
バロー文化ホール(多治見市文化会館・
多治見市十九田町)の大ホールで営まれた。









故・加藤孝造氏(1935─2023・
かとうこうぞう)は、陶芸家として活躍。
公益社団法人美濃陶芸協会の
第2代会長を務めた。
平成7(1995)年11月21日に、
岐阜県重要無形文化財「志野・瀬戸黒」保持者に、
平成22(2010)年9月6日には、
国重要無形文化財「瀬戸黒」保持者
(人間国宝)に認定された。





平成24(2012)年9月25日に、
瑞浪市名誉市民に、
平成25(2013)年に、
多治見市名誉市民に、
平成26(2014)年には、
可児市名誉市民に、それぞれ推挙された。









追悼式は、瑞浪市・多治見市・可児市・
公益社団法人美濃陶芸協会が共催。
国・県・3市・美濃陶芸協会などの関係者、
約900人が参列し、故人の遺徳をしのんだ。
式では、加藤孝造氏を紹介するDVDの上映や、
黙とう、献奏(フルート独奏)、献花などが、
しめやかに執り行われた。






遺族を代表し、長男の加藤英人さん(ひでと)が、
「瑞浪市・多治見市・可児市・
美濃陶芸協会の関係者の皆さま、
追悼式を催していただき、ありがとうございました。
また、父・加藤孝造の追悼式に、
足をお運びいただきました皆さまにも、
深く御礼を申し上げます。
父は陶工として、一生懸命努力を重ね、
作陶にまい進してまいりました。
皆様方からのしった激励のお言葉や、
お心遣いに奮い立ち、
父は窯の激しい炎のように努力し、
作陶に打ち込むことができました。
父はとても厳しい人でしたが、
まったく面白い人でもありました。
皆さまとともに、豊かで実りある人生を、
歩むことができましたこと、
父に代わりまして、深く御礼を申し上げます。
誠にありがとうございました」と謝辞を述べた。






本日、7月31日(月曜日)に、
バロー文化ホール(多治見市文化会館・
多治見市十九田町)の大ホールで営まれた。









故・加藤孝造氏(1935─2023・
かとうこうぞう)は、陶芸家として活躍。
公益社団法人美濃陶芸協会の
第2代会長を務めた。
平成7(1995)年11月21日に、
岐阜県重要無形文化財「志野・瀬戸黒」保持者に、
平成22(2010)年9月6日には、
国重要無形文化財「瀬戸黒」保持者
(人間国宝)に認定された。





平成24(2012)年9月25日に、
瑞浪市名誉市民に、
平成25(2013)年に、
多治見市名誉市民に、
平成26(2014)年には、
可児市名誉市民に、それぞれ推挙された。









追悼式は、瑞浪市・多治見市・可児市・
公益社団法人美濃陶芸協会が共催。
国・県・3市・美濃陶芸協会などの関係者、
約900人が参列し、故人の遺徳をしのんだ。
式では、加藤孝造氏を紹介するDVDの上映や、
黙とう、献奏(フルート独奏)、献花などが、
しめやかに執り行われた。






遺族を代表し、長男の加藤英人さん(ひでと)が、
「瑞浪市・多治見市・可児市・
美濃陶芸協会の関係者の皆さま、
追悼式を催していただき、ありがとうございました。
また、父・加藤孝造の追悼式に、
足をお運びいただきました皆さまにも、
深く御礼を申し上げます。
父は陶工として、一生懸命努力を重ね、
作陶にまい進してまいりました。
皆様方からのしった激励のお言葉や、
お心遣いに奮い立ち、
父は窯の激しい炎のように努力し、
作陶に打ち込むことができました。
父はとても厳しい人でしたが、
まったく面白い人でもありました。
皆さまとともに、豊かで実りある人生を、
歩むことができましたこと、
父に代わりまして、深く御礼を申し上げます。
誠にありがとうございました」と謝辞を述べた。






