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2024年03月21日 (15:31)

奉安殿が岐阜県瑞浪市の個人宅に【渡辺石材に貴重な昭和の遺構】

天皇皇后両陛下の写真
御真影」(ごしんえい)などを納めていた、
「奉安殿」(ほうあんでん)が、
岐阜県瑞浪市日吉町の個人宅に、
残されていることが、分かった。
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明治時代から終戦までの間、
天皇皇后両陛下の写真が、学校などに下賜され、
昭和10(1935)年ごろには、
写真を納めておく建物「奉安殿」が、
活発に建築された。
戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の指令により、
全国の小学校にあった奉安殿は撤去。
移設したり、小学校の敷地から切り離したりして、
解体を免れた奉安殿もあるが、
ほとんどが取り壊されたという。
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瑞浪市の奉安殿(奉安庫)の場所は、
株式会社渡辺石材(本社・瑞浪市日吉町)を営む、
渡邉政百社長(56歳・わたなべまさお)の自宅庭。
渡邉家の先祖には、「亜炭王」と呼ばれ、
岐阜県議や衆議院議員(1期)などを務めた名士、
渡邉徳助氏(1872~1950・渡辺徳助
わたなべとくすけ)がいる。
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奉安殿(渡邉家での名称は「奉安庫」)は、
徳助氏の兄の子で、嗣子(しし)となった、
渡邉亥操氏(わたなべいさお・政百社長の祖父)が、
昭和15(1940)年3月10日に建設。
奉安殿の側に、石碑も建て、
表には「奉安」の2字と由来を、
裏には設計者の名前などを彫った。
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石碑によると、奉安殿を建立した理由は、
①昭和天皇が昭和3(1928)年に行った、
「即位の礼」の際、渡邉徳助氏が参列の栄に浴し、
記念品をいただいたこと。
②奉安殿を建設した昭和15(1940)年が、
皇紀2600年にあたるため、それを記念した。
となっている。
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奉安殿の資材は、
日吉町産の「日吉桜花崗岩」(御影石)。
設計者は中嶋東洋氏(愛知県瀬戸市)で、
石工は小川鈴吉氏
(愛知県名古屋市千種区)が務めた。
現在、扉の軸が鉄製でさびており、
開扉はできない。
ただし、来歴がはっきりしており、
昭和初期の貴重な遺構と言える。
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問い合わせは、株式会社渡辺石材
(TEL0572─69─2055)まで。
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