2014年08月15日 (19:38)
【瑞浪市遺族連合会】「戦没者追悼式」で黙とうを
瑞浪市遺族連合会(市川銑一会長、せんいち)は、
終戦記念日に合わせ、
樽上町の瑞浪市市民福祉センター「ハートピア」で、
「戦没者追悼式」を開いた。
水野光二市長や、山田実三市議会議長、
同連合会の役員ら、17人が参列した。



最初に、参列者らは、
市内13カ所の英霊塔を、巡拝。
ハートピアでは、敷地に隣接する、
「慰霊碑」に向かって、遙拝(ようはい)した。
慰霊碑は、護国神社の跡地に、建立されており、
平成23(2011)年6月24日に、除幕。
日露戦争から太平洋戦争にかけて、
瑞浪市から出征し、犠牲になった、
1134人が祭られている。



式では、水野市長が、
「さきの不幸な大戦において、
尊い一命をささげられた人たちを思う時、
万感、胸に迫るものがある。
あれから69年の時が流れ、
我が国は、着実に発展してきた。
しかし、この平和と繁栄は、
戦争で命を落とされた方々の
犠牲の上に築かれていることを、
忘れてはいけない」と、
追悼の言葉を述べ、献花した。



参列者らは、正午の時報を合図に、
慰霊碑に向かって、黙とうをささげた。


昭和19(1944)年に、
父親をソロモン諸島で亡くし、
自身は4歳の時に終戦を迎えた、
市川会長(釜戸町、73歳)は、
「かつて、1000人以上いた、
連合会のメンバーも、
今では550人ほどに、なってしまった。
終戦記念日の追悼式は、連合会が主催するが、
11月にも開いてる、同じく追悼式については、
市の協力が得られないか、市長にお願いした。
連合会のメンバーは、平均年齢が、
80歳になり、高齢化が進んでいる。
なんとか、自分たちの子どもや孫の世代に、
思いをつなげていきたい」と語った。
終戦記念日に合わせ、
樽上町の瑞浪市市民福祉センター「ハートピア」で、
「戦没者追悼式」を開いた。
水野光二市長や、山田実三市議会議長、
同連合会の役員ら、17人が参列した。



最初に、参列者らは、
市内13カ所の英霊塔を、巡拝。
ハートピアでは、敷地に隣接する、
「慰霊碑」に向かって、遙拝(ようはい)した。
慰霊碑は、護国神社の跡地に、建立されており、
平成23(2011)年6月24日に、除幕。
日露戦争から太平洋戦争にかけて、
瑞浪市から出征し、犠牲になった、
1134人が祭られている。



式では、水野市長が、
「さきの不幸な大戦において、
尊い一命をささげられた人たちを思う時、
万感、胸に迫るものがある。
あれから69年の時が流れ、
我が国は、着実に発展してきた。
しかし、この平和と繁栄は、
戦争で命を落とされた方々の
犠牲の上に築かれていることを、
忘れてはいけない」と、
追悼の言葉を述べ、献花した。



参列者らは、正午の時報を合図に、
慰霊碑に向かって、黙とうをささげた。


昭和19(1944)年に、
父親をソロモン諸島で亡くし、
自身は4歳の時に終戦を迎えた、
市川会長(釜戸町、73歳)は、
「かつて、1000人以上いた、
連合会のメンバーも、
今では550人ほどに、なってしまった。
終戦記念日の追悼式は、連合会が主催するが、
11月にも開いてる、同じく追悼式については、
市の協力が得られないか、市長にお願いした。
連合会のメンバーは、平均年齢が、
80歳になり、高齢化が進んでいる。
なんとか、自分たちの子どもや孫の世代に、
思いをつなげていきたい」と語った。
